現在主流となっている「老化における9本の柱」の考え方について骨子を紹介してみたい。
老化はどこから、何から始まるかということは頻繁に話題に上るが、実際のところ今から紹介する9つの柱のどこから始まっても不思議は無い。
またどの柱から老化が始まっても最終的には9本の柱全てに影響を及ぼす。
1. 遺伝子ダメージ
老化の原因の一つに身体の設計図である遺伝子のダメージが挙げられる。[1, 2]
遺伝子ダメージを与える要因には
・病気によるもの
・外因性の要因
・ケミカル[3]
・紫外線などの放射線[4]
・内因性の要因
・活性酸素種[5]
・複製エラー[6]
・突発性[7]
2. テロメアの短縮
テロメアは染色体の末端にあり多くの細胞で細胞分裂の度にこれが短縮する。
短縮が続くと細胞が死に至るため老化の一原因となっている。
テロメア短縮の仕組みはよく知られている。
少し細かい機序になるがDNAは一方向(5'→3'末端)でしか複製されない。
そのためテロメラーゼ活性が低い殆どの細胞で、複製されるべき一方のDNAの鎖(ラギング娘鎖)の短縮が起こる。
短縮が続くとヘイフリック限界という細胞分裂の限界をもたらし細胞が死ぬ。[8]
この限界は人間の殆どの細胞で存在する。
3.エピジェネティクス的変化
これは主にDNAの情報保護が徐々に緩くなっていくことを意味する。
情報が強固に保護されなくなるとそれだけ身体の設計図であるDNAに細かい間違いが発生し集積してくる。但しエピジェネティクス的変化には可逆的なものもあるため、生活習慣の改善によってはある程度もとに戻せるのではないかと考えられている。[9]
・ヒストンの変化
・DNAのメチレーションの変化 [10]
・クロマチンの変化
・情報転写におけるノイズの増加
4. 蛋白質形成不全
・シャペロンの働きの低下
シャペロンは蛋白質が正常に折り畳まれているかどうかをチェックする蛋白質である。
このシャペロンの働きが低下すると変性蛋白質が増えて成人病や老化の元になると考えられている。[11]
・蛋白質分解能力の低下
老化するとダメージを受けた蛋白質を「掃除」する能力が落ち、それがまた老化に拍車をかける。
[12, 13]
5. 細胞死の不全
ダメージを受けた「出来損ない」の細胞は排除されるべきだ。
「出来損ない」が排除されないで増殖するとがん化する可能性が高い。
それを防ぐため一時的に「ゾンビ化」する細胞がある。[14]
ゾンビ化した細胞は加齢と共に増える傾向にあるが、短期間で排除されない場合には身体各所で様々な炎症や疾病の元となり老化を加速する。[15]
6. ミトコンドリアの不全
・活性酸素種由来のダメージ
・各種ストレス要因によるミトコンドリアの変質
・ミトホルメシス
ミトホルメシスは興味深い現象で弱い毒がミトコンドリアを逆に強くするというものだ。
低次の動物実験などでは確認されている効果であるため人間でもそれがアンチエイジング効果として通用するのかどうか注目が集まっている。[16]
7. 細胞間通信不全
加齢により進行する身体システムの全てのシグナリングの悪化はさらに別の不全を招き負の連鎖となっている。
変質した蛋白質やダメージを受けた細胞の処理が遅れることも通信不全の一つである。[17]
シグナリング不全には免疫細胞の「ゾンビ化」も含まれる。
免疫細胞が「ゾンビ化」すると感染症への対抗が不十分になるほか、感染した細胞が増え、それらが腫瘍化するリスクも上がることになる。[18]
8. 幹細胞枯渇
幹細胞枯渇は加齢による造血能力低下にも顕著に現れる。[19]
その結果、免疫細胞も減少するほか貧血や骨髄の疾患、骨粗鬆症のリスクも上がる。
しかし加齢に伴う幹細胞枯渇は変異した細胞の増殖を抑えるための老化に伴う方策なのではないかとする説もある。[20]
9. メタボリズムの不全
長寿には、年齢を重ねるにつれ成長ホルモンやmTOR経路に関連する同化作用が徐々にスローダウンすることが望ましい。
同化作用が亢進したままだと「変性蛋白質の掃除能力」が落ちているため様々な病態や老化に繋がる。[21]
またメタボリズムの亢進状態は高年齢期においては活性酸素種によるDNAダメージのリスク増加を意味する。
そのため摂取栄養素を減らすような方策が望ましい。[22]
(総括)
私は日頃、栄養学の観点からいわゆる「健康法」全般について語っているが、こうやって老化の機序を俯瞰してみると正常な老化と「健康」には密接な関係があることが分かる。
老化における各9本の柱の中にも細かい柱が無数にあり、またそれらの多くは他の柱の構成素因としても重複して存在している。
今回の話の枠組みで行くと1番の「遺伝子ダメージ」の柱がかなり深い。
ダメージの上流に位置するものもあれば、ダメージの結果として下流で発現するものもあるからだ。
各栄養素の性質や摂取についてこれらの老化素因との関係を考えていくと「健康」法への適用が無数に想起され柔軟な対応と幅広い解決の糸口が開けてくると言えよう。
(出典)
Reference:
1. Schumacher, Björn, George A. Garinis, and Jan HJ Hoeijmakers. "Age to survive: DNA damage and aging." Trends in Genetics 24.2 (2008): 77-85.
2. Moskalev, A.A., Shaposhnikov, M.V., Plyusnina, E.N., Zhavoronkov, A., Bu-dovsky, A., Yanai, H., and Fraifeld, V.E. (2012). The role of DNA damage andrepair in aging through the prism of Koch-like criteria. Ageing Res. Rev. Pub-lished online February 14, 2012.http://dx.doi.org/10.1016/j.arr.2012.02.001.
3. Neumann, Hans-Günter. "The role of DNA damage in chemical carcinogenesis of aromatic amines." Journal of cancer research and clinical oncology 112.2 (1986): 100-106.
4. Sinha, Rajeshwar P., and Donat-P. Häder. "UV-induced DNA damage and repair: a review." Photochemical & Photobiological Sciences 1.4 (2002): 225-236.
5. Loft, Steffen, and Henrik E. Poulsen. "Cancer risk and oxidative DNA damage in man." Journal of molecular medicine 74.6 (1996): 297-312.
6. Chang, Debbie J., and Karlene A. Cimprich. "DNA damage tolerance: when it's OK to make mistakes." Nature chemical biology 5.2 (2009): 82-90.
7. Gates, Kent S. “An overview of chemical processes that damage cellular DNA: spontaneous hydrolysis, alkylation, and reactions with radicals.” Chemical research in toxicology vol. 22,11 (2009): 1747-60. doi:10.1021/tx900242k
8. Shay, Jerry W., and Woodring E. Wright. "Hayflick, his limit, and cellular ageing." Nature reviews Molecular cell biology 1.1 (2000): 72-76.
9. Lopez-Leon, Micaela, and Rodolfo G. Goya. "The emerging view of aging as a reversible epigenetic process." Gerontology 63.5 (2017): 426-431.
10. Bollati, Valentina, et al. "Decline in genomic DNA methylation through aging in a cohort of elderly subjects." Mechanisms of ageing and development 130.4 (2009): 234-239.
11. Soti, Csaba, and Péter Csermely. "Aging and molecular chaperones." Experimental gerontology 38.10 (2003): 1037-1040.
12. Szweda, Pamela A., Bertrand Friguet, and Luke I. Szweda. "Proteolysis, free radicals, and aging." Free Radical Biology and Medicine 33.1 (2002): 29-36.
13. Starke-Reed, Pamela E., and Cynthia N. Oliver. "Protein oxidation and proteolysis during aging and oxidative stress." Archives of biochemistry and biophysics 275.2 (1989): 559-567.
14. Campisi, Judith. "Suppressing cancer: the importance of being senescent." Science 309.5736 (2005): 886-887.
15. Franceschi C, Campisi J. Chronic inflammation (inflammaging) and its potential contribution to age-associated diseases. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2014;69 Suppl 1:S4-S9. doi:10.1093/gerona/glu057
16. Ristow, Michael, and Kim Zarse. "How increased oxidative stress promotes longevity and metabolic health: The concept of mitochondrial hormesis (mitohormesis)." Experimental gerontology 45.6 (2010): 410-418.
17. Salminen, A., Kaarniranta, K., and Kauppinen, A. (2012). Inflammaging:disturbed interplay between autophagy and inflammasomes. Aging (AlbanyNY)4, 166–175.
18. Davoli, T., and de Lange, T. (2011). The causes and consequences of poly-ploidy in normal development and cancer. Annu. Rev. Cell Dev. Biol.27,585–610.
19. Rübe CE, Fricke A, Widmann TA, Fürst T, Madry H, Pfreundschuh M, et al. (2011) Accumulation of DNA Damage in Hematopoietic Stem and Progenitor Cells during Human Aging. PLoS ONE 6(3): e17487. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0017487
20. Ruzankina, Y., and E. J. Brown. "Relationships between stem cell exhaustion, tumour suppression and ageing." British journal of cancer 97.9 (2007): 1189-1193.
21. Blagosklonny, Mikhail V. "Calorie restriction: decelerating mTOR-driven aging from cells to organisms (including humans)." Cell Cycle 9.4 (2010): 683-688.
22. Chung, Hae Young, et al. "Molecular inflammation hypothesis of aging based on the anti‐aging mechanism of calorie restriction." Microscopy research and technique 59.4 (2002): 264-272.