発がん物質
焼けた肉やタバコの煙中に見られるPAH(多環芳香族炭化水素)と呼ばれる物質はがん発生のリスクとなる。
中でもベンゾ[ a]ピレンは発がん物質の前駆体として有名で[1]、国際がん研究機関での発がん性ランクで最も危険な「グループ1」に分類されている。
現在ベンゾ[ a]ピレンによるがん発生の機序として一般に考えられているのは下のような順序だ。[2, 3] (飛ばしてOK)
ベンゾ[ a]ピレンがAhR(アリル炭化水素受容体)に親和
↓
CYP1A1酵素の誘導、それによるベンゾ[ a]ピレンの代謝
↓
BPDE(ベンゾピレンジオールエポキシド)を生成
↓
エポキシ開裂からカチオン体(BP-7,8,9-トリヒドロトリオール-10-カルボニウム)を形成しこれがDNAのグアニンと付加体を形成
↓
遺伝子ダメージ
↓
遺伝子ダメージを受けた細胞の多くは死滅するが生き残った細胞の一部はがん化して増殖
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CYP1A1酵素の誘導、それによるベンゾ[ a]ピレンの代謝
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BPDE(ベンゾピレンジオールエポキシド)を生成
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エポキシ開裂からカチオン体(BP-7,8,9-トリヒドロトリオール-10-カルボニウム)を形成しこれがDNAのグアニンと付加体を形成
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遺伝子ダメージ
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遺伝子ダメージを受けた細胞の多くは死滅するが生き残った細胞の一部はがん化して増殖
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発がん物質の多い食べ物
ベンゾ[ a]ピレンの多い食べ物は焼いた肉である。[4]
その他、冒頭に言及したがタバコの煙にも含まれる。[5]
そういえばポテトチップスにも多いという報告を見た記憶がある。
結局のところ、モノを焼くと有害物質が発生するので焼いたもの、特に焼け焦げたものを食べるのは程々にしておいたほうが良い。
よく老化に関して「酸化ダメージ」という言葉が使われるが酸化と燃焼は大雑把に言って同じことである。
我々が老化と称する現象も一面的には焼け焦げた部分が完全に排除されず蓄積していく様子と考えることが可能だ。
食事から焼け焦げたものをせっせと体内に入れていたら老化が早まって当然だろう。
老化はいわゆる「年老いた外見」として先ず露呈することは少ない。
太りやすくなったり、疲れやすくなったり、がんになったりという機能的な減衰や疾患が「老化」そのものである場合の方が多い。
ローズマリーと柑橘系でPAHを低減
Photo by Sam Moqadam on Unsplash
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フラボノイド
とある研究では焼いたチキンの発がん性物質を減らすべく、発がん性物質を体内で産生する代謝酵素(CYP1A1)を抑える方策が模索された。[6]
この研究では数種類のフラボノイドが見事にCYP1A1の誘導を大幅に低減していた。
ヘスペレチン(柑橘類に多い)、ケルセチン(玉ねぎに多い)、アピゲニン(セロリに多い)である。
残念ながらレスベラトロールではその効果が見られていない。
ローズマリー
タバコのフィルターにハーブのローズマリーを仕込んだ in vitro 研究ではDNAダメージを70%も低減している。[7]
ポリフェノール等のアンチオキシダントには焼き物で発生するPAH(多環芳香族炭化水素)の代謝を抑えてダメージを防ぐ効果があるようだ。
しかしPAHを直接分解してしまう自然成分は無いものだろうか?
それが存在した。キノコ類である。
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キノコのパワー
キノコに含まれる酵素、ラッカーゼは芳香族高分子を分解する働きがある。
2010年の研究によるとマッシュルーム、エリンギ、平茸、などから抽出したエキスはベンゾ[ a]ピレンやアントラセンなどのPAHを分解する力があることが確認されている。[8]
中でもエリンギのパワーが最高だったようだ。
最近話題の研究
2021年の3月半ば、ショッキングな研究結果が発表された。
17個の観察研究を対象にしたメタ解析において、 1日に18gのキノコを食べたグループはキノコを食べないグループに較べ、がんの相対的なリスクが45%も減少していたのだ。[9]
18gのキノコというとほんとに僅かである。
私のように毎日100g以上のキノコを食べる者にとっては驚くべき数字だ。
前述した通り、キノコには発がん性が懸念される芳香族系の化合物を分解する酵素、ラッカーゼが含まれている。
アンチオキシダントのように酸化ダメージを防ぐのではなく、有害物質を分解するという点でキノコのパワーは心強い。
このメタ解析では、キノコに含まれる有名なアンチオキシダント、エルゴチオネイン含有量に関係なく、どのようなキノコでもがんリスクの低減が見られたということで、やはりラッカーゼの関与もあるのかと思う。
もちろんラッカーゼの存在とがんリスクの低下を因果的に結びつけるのは時期尚早だろう。
そんなことより、時は流れ、老いは進み、全ては朽ち果ててゆく。
自然の恵みを存分に利用し今日も精一杯走り抜けるとしよう。
(週刊ニュースレターより)
(週刊ニュースレターより)
出典
Reference:
1 Sims, P., P. L. Grover, A. Swaisland, K. Pal, and A3 Hewer. "Metabolic activation of benzo (a) pyrene proceeds by a diol-epoxide." Nature 252, no. 5481 (1974): 326-328.
2 Moserová, Michaela, et al. "Analysis of benzo [a] pyrene metabolites formed by rat hepatic microsomes using high pressure liquid chromatography: optimization of the method." Interdisciplinary toxicology 2.4 (2009): 239.
3 Piberger, Ann Liza, et al. "BPDE-induced genotoxicity: relationship between DNA adducts, mutagenicity in the in vitro PIG-A assay, and the transcriptional response to DNA damage in TK6 cells." Archives of toxicology 92.1 (2018): 541-551.
4 Lee, Byung Mu, and Geun Ae Shim. "Dietary exposure estimation of benzo [a] pyrene and cancer risk assessment." Journal of Toxicology and Environmental Health, Part A 70.15-16 (2007): 1391-1394.
5 Hiller, Carley E., and Jennifer C. Schroeder. "DETERMINING IF BURNT FOOD CAN INDUCE CYP1A1 EXPRESSION IN MOUSE HEPATOCYTES." Georgia Journal of Science 79.1 (2021): 4.
6 Greer, C. Simms, and Jennifer C. Schroeder. "USING BIOFLAVONOIDS TO INHIBIT CYP1A1 INDUCTION BY COMPONENTS OF COOKED CHICKEN." Georgia Journal of Science 79.1 (2021): 5.
7 Alexandrov, Kroum, Margarita Rojas, and Christian Rolando. "DNA damage by benzo (a) pyrene in human cells is increased by cigarette smoke and decreased by a filter containing rosemary extract, which lowers free radicals." Cancer research 66.24 (2006): 11938-11945.
8 Li, Xuanzhen, et al. "Degradation of polycyclic aromatic hydrocarbons by crude extracts from spent mushroom substrate and its possible mechanisms." Current microbiology 60.5 (2010): 336-342.
9 Ba, Djibril M., et al. "Higher Mushroom Consumption Is Associated with Lower Risk of Cancer: A Systematic Review and Meta-Analysis of Observational Studies." Advances in Nutrition (2021).