T細胞への興味
新型コロナウィルスのパンデミックのさなか、特に重要視されているのはウィルスから身体を守るということ、つまり免疫への意識であろう。
免疫応答において非常に重要なリンパ球にT細胞というものがある。
T細胞のTはそれがつくられるところ、すなわち胸腺(Thymus)のTである。
それ故、胸腺への注目度も上がっている。
元々栄養コミュニティでは胸腺への興味は昔から高く、そこから得た知見のおかげで、例えば一般常識からかけ離れたダイエット(強い糖質制限や高脂肪ダイエット)や内分泌的な趣向におけるトレンド(セロトニン偏重)などが一世を風靡したとしても、我々の中核にあるポリシーが揺らぐことはなかった。
生物進化学の専門家によると、既に軟骨魚類において人類と同じような免疫システムが「完成していた」と言われており、胸腺の役割も人間のそれとさほど変わらない。(Litman 2010)
何億年も前から維持され磨かれてきた免疫システムを足蹴にして一過性の流行りに右往左往するほど愚かなことは無いと感じる。
T細胞の退縮
胸腺は人間では思春期あたりまで成長を続け、それ以降は退縮して65歳位までに無くなってしまう。
胸腺の一つの役割は免疫の「訓練学校」であり骨髄で造られたリンパ球は胸腺で「学習」してT細胞になる。
胸腺は65歳頃までに消失してしまう(脂肪組織に置き換わる)ためつい30年ほど前までは「大人には無用の臓器」とする学者もいたらしい。
老人になるまでに胸腺が退縮する(ほぼ消え失せてしまう)理由は、人間の場合、思春期以降は末端でT細胞が生成されるからである。(Breiber 2012)
T細胞は老化に伴いヤヌス(二つの顔を持つ)になると例える学者がいる。
つまり老化すると的確に免疫ディフェンスを発揮することが出来なくなる反面、強すぎる免疫反応を引き起こしがちになるからだ。
弱虫と暴君が同居したような分裂症的性質を見せる。
T細胞老化のシグナル
二面性の理由として推測されている仮設の一つは、T細胞が老いるとT細胞の対応レパートリーが減少するためそれを補うかのような形でT細胞の「受け持つ範囲」が拡大されるとともに反応も過激になる、というものだ。(Goronzy 2013)
どういうことかというと、T細胞が老いると免疫データの消失が進み、ピンポイントで撃退出来る外敵の数が減ってくる。
すると人体にとっても、よりダメージの大きい非効率で強力な攻撃を採用する場面が多くなるということだ。
その結果、ちょっとした病気にかかりやすくなる割には、かかったら自分の免疫が暴れすぎて重篤化する場面が増えるということになる。
T細胞が老いると特異性を発揮して対応できる外敵のレパートリーの数は最盛期(思春期の頃)の100分の1程度にまで下がってしまう。(Franceschi 1995. Weng 2006)
人間が年老いて免疫細胞の「知能が落ちる」様子は、物質的な変化としてかなり昔に分かっていた。
T細胞の一種CD8+T細胞は免疫システムにとって非常に重要な細胞だ。
この細胞と年齢の経過に注目した研究ではCD28という蛋白質が加齢とともに消失することや、多くの遺伝子表現型が変わってしまっていることが確認されている。(Fann 2005)
T細胞老化の原因
では何故、T細胞は老化するのだろう?
原因の一つにT細胞に病原体が宿ってしまうということが挙げられる。
いわゆるヘルペスのウィルス、(ヒト)サイトメガロウィルスはT細胞に住み続けるといわれている。
サイトメガロウィルスに感染したT細胞が増殖していくことが「免疫の老化」において重大な引き金となっていることはかなり前から指摘されてきた。(Almanzar 2005, Weng 2006)
そればかりではない。
サイトメガロウィルス感染症が多くの成人病、2型糖尿病、自己免疫疾患、がん、心疾患、ワクチンの無効化、加齢に伴う免疫システムの変容などに関係しているという証左は多い。(Aiello 2017)
マウスでは胸腺で造られたT細胞の流通量が重要であるが、人間では必ずしもそうではない。(Braiber 2012)
なぜ胸腺が退縮するのか?
一つ推測出来ることはT細胞の製造が若いうちに身体の各部に割り振りされ、リスク分散されるという進化を遂げたのではないかということだ。
それゆえ人間の場合、体内を巡っているT細胞の割合は極めて少なく「地産地消型」となっている。
しかしながら血中のT細胞の「クオリティ」は100歳以上の長寿者では「若々しい」ことも確認されている。(Olsson 2001)
答えよりも疑問が増えるのは世の常なり。
次の機会には食事や栄養学の観点で胸腺のサポートになるようなアイデアや知見を嗜んでみたい。
出典
Reference:
Litman, G., Rast, J. & Fugmann, S. The origins of vertebrate adaptive immunity. Nat Rev Immunol 10, 543–553 (2010).
Braber, Ineke & Mugwagwa, Tendai & Vrisekoop, Nienke & Westera, Liset & Mögling, Ramona & Boer, Anne & Willems, Neeltje & Schrijver, Elise & Spierenburg, G. & Gaiser, Jacobus & Mul, Erik & Otto, Sigrid & Ruiter, An & Ackermans, Mariette & Miedema, Frank & Borghans, José & De Boer, Rob & Tesselaar, Kiki. (2012). Maintenance of Peripheral Naive T Cells Is Sustained by Thymus Output in Mice but Not Humans. Immunity. 36. 288-97. 10.1016/j.immuni.2012.02.006.
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mmu.2013.00131
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Fann, M., Chiu, W.K., Wood, W.H., III, Levine, B.L., Becker, K.G. and Weng, N.‐p. (2005), Gene expression characteristics of CD28null memory phenotype CD8+ T cells and its implication in T‐cell aging. Immunological Reviews, 205: 190-206. doi:10.1111/j.0105-2896.2005.00262.x
Almanzar G, Schwaiger S, Jenewein B, Keller M, Herndler-Brandstetter D, Wurzner R, Schonitzer D, Grubeck-Loebenstein B. Long-term cytomegalovirus infection leads to significant changes in the composition of the CD8+ T-cell repertoire, which may be the basis for an imbalance in the cytokine production profile in elderly persons. J Virol. 2005;79:3675–3683.
Franceschi C, Cossarizza A. Introduction: The reshaping of the immune system with age. Int Rev Immunol. 1995;12:1–4
Aiello AE, Chiu YL, Frasca D. How does cytomegalovirus factor into diseases of aging and vaccine responses, and by what mechanisms?. Geroscience. 2017;39(3):261‐271. doi:10.1007/s11357-017-9983-9
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